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御神火の島へ ⑩ 「ホルニト」

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「ホル二トですよ!」


N谷さんが叫びます。


ホル二ト!


ホルニト!!!


わあああ!

これ

なんなんですか?


その名は聞いたことがあっても

富士山にはない!


ううん、あるよ。

と,

なんちゃん。


「雁の穴にあるよ。」


雁の穴!こんど行かなくては!

(雁の穴は富士吉田の恩賜林から演習場に向かっていったところにある

溶岩洞穴群)

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ホルニトって何?


この溶岩でできた塚の呼称なのですが
火山学の用語かな。


この中には溶岩トンネルが下流まで続いているとのことです。
N谷さんはその内部の写真で説明してくださった。


今日はもちろん装備もないし、時間もない。


「ホルニト」の説明看板がありました。


それによると・・・


「1950~1951年の噴火のときには、火口からあふれ出した溶岩が三原山の斜面を下って
流れました。一部ではトンネルのようになり、溶岩はトンネルの中をを流れました。トンネルの天井が破れたところからガスや溶岩が噴出して、塚になったものがホルニトです。」



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ホルニトのできる条件は

パホイホイ溶岩。


なんじゃそれ?と思いますよね。


海洋性溶岩である玄武岩質溶岩の中でも

アア溶岩 (クリンカー状)と

パホイホイ溶岩に分かれます。

ふざけた名前のようですが

これはハワイの現地語で

アアはごつごつして痛い

パホイホイは滑らか


1986年の溶岩流はアアが優先しているのですが

1950年の溶岩はけっこう富士山に似たパホイホイがあったみたい。

これらは成分は同じなのですが

粘性とか、温度とかの違いで形態が変わってくるようだ。


ここで

とつぜん

おにぎりが!!!


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おそいお昼だったのですが
「島弁当」のおにぎりバージョンです。
明日葉のおにぎりが3つ
明日葉と岩海苔の和え物と
明日葉入りのさつま揚げ!


ほおばる、ほおばる!


うまいのなんのって!!!


島のおもてなし、ここにも現われているのです。


こんな風景を見ながら
ホルニトというマニアックな溶岩塚のそばでほおばるおにぎり!

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かつて火の川であった黒い溶岩流のながめ。

遠くに
富士山ですよ~!富士山!!!

わあ!富士山だ!
富士山だ!富士山だ!!!

いつももっとでかい富士山を毎日見ているはずのわたしたちが
ちっちい富士山を望遠レンズとかで撮るのです。

ばっかじゃない?

ちっちぇ~!といいながら望遠でとる。
それほど富士山はひとを幸せにしてしまう。

なんだかなあ
富士山から離れれば離れるほど
あのお山がいとおしいのです。

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そして
このパホイホイ溶岩!!!


おおおおお~!

火山オタクと、溶岩ミーハーにはたまらん!!!

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いつも「利島」が見てくれているよ!


ミニミニ富士山みたいだね。


いよいよ三原山をおりて
カルデラを延々と歩いて戻ります。


御神火の島へ ⑩ 「富士を護る島」

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最終回となります。

この旅のお話はこれで終わりになります。


なぜならば

ひとは誰もまた

新しい旅にでなくてはなりません。


そしてそれは終わりがない旅

連綿と続く旅


とりとめもないようですが

必ず点と腺と面と空間でつながっていく。


すべての事柄は

まったく無駄がないのです。

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このように
このカルデラを2キロも歩いて帰ったことも・・・

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たくさんの砂、火山灰、溶岩の断片、スコリア・・・

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最後にNさんが連れて行ってくださったのは
古い古い火山が露出している「乳ヶ崎」


ヒヒの顔に見えるでしょ~!


ほんとだ~~~!
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さあ
急がなくては!


15時半の出航です。


椿オイルや
くさやの干物
そして「御神火」という島焼酎もお土産に買いました。
(これ、基本です)

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帰る船の中からみた日没は
ほんとうにきれいでした。




この旅から一週間たちました。


いま
わたしが思うのは
いろいろ噴火の歴史など調べていて
この大島と三宅島がコンスタントに噴火をしてくれているおかげで
富士山は
300年もの長きに渡って
噴火をせずにすんでいるのかな?ということです。


つまり
エネルギーをそこで
発散してくれている?


先日噴火した、鳥島のそばの新しい島も
もしかしたら
日本列島から遠いところで
このフィリピン海プレートの本州への貫入を
和らげてくれる作用をしているのではないかしら?


大島や三宅島の神々には
記紀神話にでてくるような名前がありません。


大島にいたっては
ただ
「御神火さま」
と。


それがそれがもしかしたらなのですが


地球の女神そのもの。


そして富士山だって
「御神火さま」なんだ。




大島の御神火さまは
もしかしたら
わたしたちの国土を護ってくれているのかもしれません。




麗しきかのしま!


もう一度会いたいなあ。


いつか。






<完>

龍の川へ その一

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今日から12月


先月はこちらへ来て11年の中で

一番あちらこちらに行かされたのではないでしょうか。


11月1日 戸隠九頭龍へ

11月14日 箱根へ

11月19日 諏訪へ

11月20日 美ヶ原 和田峠へ

11月23、24日で 伊豆大島へ


行かされるのは

生かされるのと同じ。

だからどこまでも行きますよ。


でも、

少し疲れたなあ・・・


今月はずっと富士山のそばにいるぞ。


そう決心した矢先に


「あさって八ヶ岳に行くよ。

どっか面白いところはないの?」


またしても例の友人からそんな連絡が・・・・


「八ヶ岳?

調べる、調べる!」


一昨日、ネットで検索してみたら

友人の好きそうな

「延命の湯」というのが出てきた。

フォッサマグナ!

パワースポット!!!

好きそう、好きそう・・・


うんうん

たまには日帰りでのんびりとお湯につかろうかな~!


12月はまたガイド研修やスキルアップセミナーが毎週のように行われて

お勉強、お勉強、

これから三月までそんな感じになるのです。


やっぱ

いっちゃおう!



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そんなわけで
中央道をひたすら
八ヶ岳を目指します。
今月
どんだけ通るんだろ
この道・・・・


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八ヶ岳の南斜面は雪がなくて晩秋の感じですが
走ってきた北側はすっかり雪化粧でした。
こちらは南側。




スパティオ小淵沢というところに
初めて行きました。
ここに「延命の湯」があるんです。


友人は近くで打ち合わせをすませて
わたしは隣接した道の駅で情報収集をしました。
そこには
「八ヶ岳火山」というタイトルの本があり
見本を手にとって見ると
なんと八ヶ岳も大島と同じくらい古い火山で
しかもフォッサマグナの西端にあり
成因はフォッサマグナと深い関係にありそうです。


あああああ~
買おうかどうか一瞬悩みましたが
もう、今、火山のことを少しだけ忘れたい!


来週からまた火山研修があるのです。
日本はどこに行ってもまったく火山だらけです。


今日は忘れようっと。


友人と再度合流して
早いランチをすませることになりました。


このころから
なんだかまた導かれて行きます。
というか
また
働かされるのだ。



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このスパティオ小淵沢にはレストランが二軒。
しかし一階の和食やさんは「都合により」11時半オープンとのこと。
しかたなく、五階の中華レストランに行きました。


そちらの名前が
「龍端」
ふうん、八ヶ岳と龍は結びつかないのだけど
なにか関係があるのかしら?


そうしたら
友人が
「あ!龍だ!!!」

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わお~!
本当だ!


いつもはそんなこと言う人ではないんだけどね。


さてさて
温泉じゃ、温泉じゃ~!

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このあたりはまさに温泉だらけなのですが
ここは黄濁した少し熱めのお湯が
すっごく気持ちよかった。


露天風呂、大好き!
写真撮れなかったのが残念です。

こちらに画像がありますよ。

「日本列島の基盤の裂目に長い歳月をかけて蓄積された 珍しい温泉を湛える延命の湯は、高濃度のミネラル成分を含み、心身をリフレッシュする効能を備えています。

南欧をイメージしたお洒落な大浴場のほか、露天風呂、岩風呂、気泡バス、サウナ等で、ごゆっくりお楽しみください。」




今日は西湖でひとつ約束があって
五時までに西湖に行かなくてはなりません。

だから
ここで帰る予定だったのです。

ただ時間的に
あと一箇所くらいよれるよね。

そんな軽い感じでこの旅を続けます。


ところがこのあと
まったく予定していなかった展開に・・・


続きます。




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龍の川へ その二

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どこに行こうか?

あと一箇所くらい?


わたしは「観音平に行かない?」

そう友人に提案しました。


そこは八ヶ岳高原ラインという清里に向かう道を

八ヶ岳の「権現岳」の登山道に向かう道。

そしてそこには「延命水」という湧き水があって

先ほど堪能した「延命の湯」とのつながりを感じたのです。


オッケ~!

行こう行こう。


ところが・・・・


「観音平」に続く道は

ゲートが閉鎖されていた!!!


しかもですよ!


今日から三月まで閉鎖です!!!

今日からです。


うわあ


わたしが行かなくてはいけなかったのは

八ヶ岳ではなかった!


朝、

最初にsimplogでアップしたのは・・・・



甲斐駒といわれる

駒ケ岳でした。


ここにわたしは目に見えないものの存在を感じます。



駒ケ岳の神さまが

わたしをおいでおいでしたのです。


中央道を挟んで

富士山から諏訪に向かうと

北、八ヶ岳

南、南アルプス連邦。


左に次第に大きくなってくる「駒ケ岳」がいつも美しくて

わたしは何度か今までアップしています。


でも

わたしはもともと登山とかに興味はなかったので

友人は

「駒ケ岳、登りたいなあ」などというのですが

3000m級が目白押しの南アルプス連邦は登山上級者の山々。

見るだけでお腹いっぱいという山だったのです。



ですが

今日は少し違いました。


「道の駅白州」によって

地場産のお野菜など買ったあと

地図があり

そちらから駒ケ岳に向かう途中に

滝がたくさんありました。


滝!

ひとつくらい

滝によりたいなあ・・・・


行こう行こう。


まだ少しの時間がありました。


それで

駒ケ岳に向かって車を走らせた。

(車で行ける所まで行こうと思ったのです。

いくつかの滝が車であがれば見れるようなイメージだったのです)



ところが

南アルプスの県営駐車場にたどり着くと

そこからは徒歩でないとあがれなくなっていました。





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尾白渓谷沿いにたくさんの滝!
そうして
「駒ケ岳神社」なるものがあるのね。


そこまで行ってみたい!


そういうと、友人は
「わたしはいいや。
ひとりで行ってきたら?」


あらあら
戸隠の九頭龍神社と同じ展開。




友人は神社参りはあまり興味がない。


またひとりで登ることになりました。


そうしたら!





登り始めていきなり
ものすごい巨石群!

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こりゃ
ただものじゃないぞ!この山は・・・・

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まるで滑り台のような切れ味のするどい10mくらいの巨石!


こんなものがごろごろ・・・・


そうして


尾白渓谷を初めて目の当たりにしました。


すごく綺麗・・・・

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ほんとうに白いのね。
これらはすべて花崗岩!

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ほのかに翡翠色に見える水の流れ・・・・




ここで
丸い花崗岩を
ふたつ、拾いました。


また石たちはどこかへ行きたいのでしょうか?
それとも富士がそれを招いているのでしょうか?

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清い
清い
清い水。


そういえば
わたしの四代前の先祖さまは
「龍川清六」さんというのです。


だからといって
このタイトルを
「龍の川へ」にしたわけではないですよ。


このタイトルの意味は
次の記事で明かされます。




つづく

「オオナムチ命を祀る山」 龍の川へ 三

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南アルプス連峰の

「甲斐駒」と称される駒ケ岳。


その山頂に行くには

「駒ケ岳神社」を参拝してから向かうようになっていました。


駒ケ岳神社って初めて聞く名前です。


ちょうど富士山に登山するのに浅間神社に御参りしてから登る

昔はそういうことだったのでしょう。

江戸時代が終わるまでは盛んであった日本各地に残る山岳宗教

修験道が花開いた時代もここにはあったのだろうなあ。


尾白川の流れを眺めた後に
駒ケ岳山頂につながる登山道の途中にある
「駒ケ岳神社」に御参りして
今日はここをあとにすることにしましょう。


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落ち着いたたたずまいのお社かな・・・・




鳥居の脇に看板がありました。


白馬なんですね。
駒ヶ岳の名の由来は。


そうして
「須佐之男命」の文字が目に飛び込んできました。


うわっと!!!


「オオナムチ命」?
(ごねんなさい。この看板の漢字は変換できません)


そうなんですか???
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大己貴命
おおなむちのみこと


三輪山の神様としても有名なのですが
大蛇の姿をしているともいわれています。


すごくたくさんの別名があります。

別名
大穴牟遅神/大名持神/大汝神:
おおなむちのかみ
大国主神:
おおくにぬしのかみ
大物主命:
おおものぬしのみこと
八千矛神/八千戈神:
やちほこのかみ
葦原色許男神/葦原醜男神:
あしわらしこをのかみ
顕国玉神/宇都志国玉神:
うつしくにたまのかみ
国作大己貴命:
くにつくりのおおあなむちのみこと
所造天下大神:
あめのしたつくらししおおかみ
所造天下大穴持命:あめのしたつくらししおおなもちのみこと


ところが

「駒ケ岳」の名は

タケミカヅチ命から生まれた白馬から来ているとなっています。



それでタケミカヅチ命も祀られていて

たくさんの剣の奉納もありました。




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(こちらは本殿でオオナムチ命が祀られています。)


{F25A1394-B369-4B36-A4D5-CEB20ED045D9:01}

(たくさんの石碑や石仏の数々)

ここにはたくさんの仏像が並んでいました。
神仏習合時代のものなのでしょう。
修験道が栄えたところはいまだに仏教的なものが多く遺されているのです。


剣は不動明王の剣とタケミカズチの剣を混同したものなのでしょうか。
駒ケ岳山頂付近には、剣が天を向いて奉納されているようです。


いずれにしても後世の人々がいろいろなものを習合してお祀りしたのでしょう。


わたしは「尾白川」の名に注目しています。

「オジロ」と読んでいたのは、「オジラ」だったのです。
白馬の尾から来ているのであれば
「オジロ」と呼ぶのが普通だと思うのです。


富士山の西湖には「オオジラ」という地名があり
鳴沢村の上のほうには「ジラゴンノ」という地名があります。

ジラゴンノはいまだにカタカナ表記です。
これらはアイヌ語地名だという説があるのです。
富士山には昔むかし、アイヌの人々が住んでいて
その人たちは「富士アイヌ」と呼ばれていたようです。


またまた
妄想炸裂してしまいますが
これはこの辺で。




この社の左手から駒ケ岳山頂に向かうようになっているのですが
その手前に・・・・


お水を汲む場所がありました。
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おやおや


「龍神宮」とあります。


この日はずっとなにか
龍づくしになっていくのです。




続きます。

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黄金色の富士

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先ほど

4時10分くらいの日没後の富士山

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素晴らしい黄金色に輝く富士山が撮れました!

これ
本当に一瞬だったのです。


今日は朝から富士山が綺麗に見えていましたが
午後2時くらいから、霞に包まれてしまい
写真を撮ってもぼやけてしまう。


でも
その靄がスクリーンとなって
沈んだあとの夕陽に照らされて
素晴らしい黄金色の富士に!

いくつかの偶然が重なった
ありえない画像。






今日はいつもより
少し早いわんこ散歩に出ました。

そして湖畔にあるものを持っていきました。

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4時ジャスト!


足和田山に夕陽が沈みます。

わたしはこれを沈むダイアモンド足和田山と呼んでいます。

冬至が近くなると太陽はこの山に沈むようになるのです。

河口湖北岸から

このあとここに沈んだ太陽が
画面左側にある富士山を照らしたのです。




{0D4C5DBD-F4E3-4EFA-8C81-4D5933D5B345:01}

そして
持ってきたあるものって
これです。


昨日「尾白川」でいただいた
「花崗岩」
川原の石を
ふたつ。


花崗岩は
安山岩質溶岩が地中深いところでゆっくりと固まった
「深成岩」
ゆっくりと固まるので
結晶化します。


黒いのは雲母
白いのは方解石
つまり水晶と同じ成分です。


だから

キラキラキラキラ・・・

美しく光る。




こちら右の大きいほうは
河口湖に奉納しました。


左の小さいほうは
どこに行きたいのか
聞いてみます。




でも
この石の正体は・・・


次の記事で明かします。


「黒白龍神」 龍の川へ 四

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この旅は龍をめぐる旅となったようです。


久しぶりに!


諏訪でも

大島でも

わたしはもっともっと根源のエネルギーを感じていた。

はるかはるか昔の・・・エネルギー?


でも今回は

サラサラと流るる水の音

八ヶ岳と南アルプスが生み出す水の流れに誘われて

ここまできたら

久しぶりに龍さまに導かれた感がしています。


「龍神宮」の鳥居をくぐると
いつの時代かはわかりませんが
龍の頭からお水が流れているのですが

{3815CFC2-9BD9-4485-A481-EDFFDC196E37:01}

(それほど古くはないのでしょう。
江戸時代くらいかな?)


「ここは禁足の場所
ここで水を汲んではいけません」の看板がありました。


そうして
あらら?


石碑がありました。


黒????


先月から黒にはご縁あり。


黒姫
黒曜石
そしていつもいつも
玄武岩!!!

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「黒白龍神宮」????

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うそ~~~!


黒い鈴?


黒龍さん、わかるよ・
白龍さん、わかるよ・・・


でも
黒白龍神って????


あたまがぐるぐる~~~~~~!






{74E1D3CF-627E-4C7F-8E26-6FFEDC0BD182:01}

ここにも石仏が盛りだくさん。


この辺で踵を返して
戻ることにいたしましょう。


うううん。


「駒ヶ岳」
奥が深そうです。

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後ろを振り返れば
ルンルンルンな感じの雲!


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駒ヶ岳
恐るべし!!!

{9EFBB98F-9D42-483A-9AE0-3AE577C82B4F:01}

今回は最初から
駒ヶ岳の神様
わたしを呼んでいたでしょ?




それはどんな存在なのでしょう?


目に見えないものが見えない
聞こえないわたしにはさっぱりわかりませんが・・・・


わたしのバックには
尾白川でいただいた花崗岩が
ふたつ。



花崗岩は地下深くでマグマがゆっくりと固まったもの。


それは「ごま塩おにぎり」みたい。


黒いのは 雲母
白いのは 方解石・・・つまりクリスタルですね。


黒白龍神さまって
あなたではないでしょうか?






富士山に
ようこそ!



トヨタマヒメ富士日記-image



「富士高天原」 その一

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11月は本当にあっちゃこっちゃ動かされましたが

12月からは富士山に腰を落ち着かせて

いよいよ

あのことを探訪したいと思います。


そうです!


「たまたまシリーズ」の続編

(これは10月に書いたシリーズ!)

http://ameblo.jp/mizunotunagari3776/entry-11643634339.html


さらに阿祖山への誘いの続編

(こちらは11月12日に阿祖山を探訪したシリーズです)


http://ameblo.jp/mizunotunagari3776/entry-11687423266.html


タイトルも変えて

「富士高天原」にいよいよ迫りたいと思います。


まずはこちらのご紹介から。


11月8日に

龍宮洞穴をはじめとする

樹海のご案内をさせていただいた

darakoyaのFさんのご主人から

このようなメッセージをいただきました。



阿祖山神宮の件ブログで拝見いたしました。
ご存知の事もあるかもしれませんが私なりに考察してみました。

富士王朝の事までは分かりませんが、阿祖山神宮は、富士山山頂から見て北東の位置にあるように思えます。
北東方位は鬼門に当たりますので、恐らく富士の守りの為に建てた神宮だったかもしれません。

また、その土地が明見という事ですので昔は妙見という文字だった可能性があります。
鬼門の守りであったとすると妙見信仰(北斗七星信仰)は鬼門の守りとして現在でも信仰されており
天之御中主神とされております。

さらに、寒川神社は、富士山頂から真東にあり、その延長線上に千葉県玉前神社があります。
玉前神社は豊玉姫の妹の玉依姫が祭神となります。

寒川神社は現在も方位除けの神として有名ですが、
昔は、妙見信仰に関するお宮などがあり、神仏分離などで現在の祭神となったと思われます。
祭神が変わることはその時代の権力者などの関係から少なくなかったと思います。
そんな関係から、若しかすると古文書を預けていたのかも知れませんね。

寒川神社と言えば2年前に京都大学の教授でフリー神主の鎌田東司氏からの誘いで寒川神社に伺いましたが、本殿の裏は正に陰陽道の拠点で、そのコーディネートを鎌田氏がされたそうです。


この方のメッセージには

またぞろ

すごいキーワードが出ていましたよ!



一、明見は富士の鬼門(東北にあたる)

二、妙見信仰(天之御中主神)

三、玉依姫

四、寒川神社

五、鎌田東司氏



最後の鎌田氏に関しては

わたしのびっくりです。

このかた

わたしの記憶の中では「天河大弁財天社」に結びついてしまうのです。



20年前

いつ天河に行っても

つねに鎌田さんがいらっしゃいましたので

なんどかお話させていただきました。

そしてこれはどうでも良いようなシンクロなのですが

わたしの母は、旧姓が「鎌田」なんです・・・・



というわけで



このシリーズ



「富士高天原」!!!



始まってしまいました!



来週

新しい富士山周辺の探索に向かいます。



ガイドはわたしではなく

明見出身のchiaさんです。



お時間が「たまたま」会うかたがいらしたら

そしてこの企画に興味があるかたがいらしたら



ぜひ

ご一緒しましょうね!


コメントやメッセージで

お待ちしております!





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富士高天原 その二 「12月11日」

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富士高天原ツアーの日程が決まりました!


12月11日!

おや?

第一弾が11月12日

第二弾が12月11日!!!


第一弾の参加者の都合がすべてあうのがこの日だったのです。

これも「たまたま」のなせる業???


「たまたま」この日に都合がつくかた

ぜひご一緒に行きませんか



この富士山高天原ツアーは

参加料は無料です。

でもでも

富士山への愛をたくさん持ってきてくださいね!



さて

今日はchiaさんからこんなメールをいただきました。



12月1日はこの辺の高尾山神社の祭日なんです。

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そうして
「穂見神社」のお札の画像が送られてきました。


穂見って・・・・
気になるなあ・・・


記紀神話の中では
富士山のご祭神「コノハナノサクヤヒメ」の三人の息子の中で
皇位を継承してトヨタマヒメ尊と結婚したのが
「天津日向日子穂穂出見命」(アマツヒムカヒコホホデミノミコト)ですので
そちらと何か関係があるのかしら?


それに
高尾山が明見にあることもとっても気になります。


調べてみたところ・・・・


先日南アルプスの「駒ケ岳」の麓の白州に行ったのですが
もともと南アルプスに高尾というところがあり
明見のこの神社もここから発祥したようなのです。

高尾穂見神社は、南アルプス市高尾にある神社です。
高尾の集落は、櫛形山北東山腹の標高800mに位置します。穂見神社の創建年代は明らかではありませんが、平安時代にまとめられた書物「延喜式」に穂見神社として名前が載っています。祭神は保食神、延喜式内社で本殿および青銅鏡は山梨県指定文化財となっています。
五穀豊穣、養蚕成就、商売繁盛にご利益があるとして知られています。

そういえば
富士山の逆側
静岡の459号腺というのがあり
ゴミは不法投棄されているは、外来種は繁茂しているはで
とあるNPOからは「宝の山」と呼ばれているのですが
そこにも「高尾山神社」がそびえていることが
とっても気になっていたのです。


富士山に向かって拝するような大きな鳥居!
NPOの活動のとき、「なんで富士山に高尾山なの?」と静岡のスタッフに聞いても
だあれもわからなかったのです。

今回ついでに
調べてみましたら・・・・



南アルプスの「穂身神社」は平安時代
静岡は明治の設立なので時代はまったく違うのですが
わたしの想像通りのご祭神がでてきましたよ!




ふむふむ・・・・


明見の高尾山の穂見神社も
今回のターゲットなのかなあ?


そうして
わたしが尾白渓谷からつれてきた
おにぎり石の行方も気になるし・・・・



トヨタマヒメ富士日記-image

こちらの左側のおにぎり石はすでに河口湖に奉納してしまいましたが
右側のおにぎりちゃんは
明見のどこかなあ。


(あれ?
おにぎり=鬼切り!
これもなにかの符号なのでしょうか?)

鬼切石がどこに行きたいのか?
明見で湧き水のあるところはどこか
chiaさんが調べてくださることになりました。


そうしたら・・・・


「やっぱり蓮池ですかねえ」


さすがジモティー!
地元では明見湖のことを「蓮池」というんですよ。


何度か紹介している
2012年8月7日の明見湖のようす

「富士内八海 三番 明見のうみ」

わたしが始めてこちらに行ったのは

2003年12月21日

次の予定は

2013年12月11日


あれれれ?


未来屋くみさ~ん!

どちらも全部足すと「11」になるんですけど・・・


「十一面観音さまは水を護るんです」


あららら・・・・


こりゃ大変だ!


ということは第一弾も?

2013年11月12日

これも全部足すと「11」!


そしてこの蓮の花に会いに行ったのは

2012年8月7日!

これ・・・・

ぜったいおかしいですよ!


わたしが明見に行くときは必ず11の日?

何故???



またしても妄想炸裂です!!!


水といえば

そして十一面観音といえば

この方!


darakoyaさんのご主人Fさんより

「日本列島の重要な水のラインが破壊された」という

2011年から始まったある現象についてのご本人の考察をいただいています。


目に見える世界は

目に見えない世界の映し鏡


このお話はすごいんです。

もしかしたら

先日行った大島にもつながるのかもしれず・・・


長くなるので

いったんここで終わります。


次はそのお話をさせていただきます。





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日本列島 破壊された重要な水のライン

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11月8日に樹海の龍宮洞穴を中心とした

ツアーにご案内した、darakoyaさんとFさんのご夫婦


この日のことは

darakoyaさんが素敵な記事にしてくださっています。


このかたたち、

本当に普通の方たちとは違う!

修験道の先達さんたちということなので

二回ご案内して

二回ともすごく素敵な自然の中をご案内することができました!

やはり、違うなあ・・・・

何が?かはわかりませんが。

自然から愛されている感じ。

それがどうなの?というわれるとちと困る。


なにしろこちらをまず見てくださいね!


http://ameblo.jp/darakoya/entry-11685051800.html


そして

このときにFさんが

2011年に始まった「水のラインの破壊」のお話をしてくださいました。


歩きながらだったので

ものすごく興味がありながら、メモを取ることもできずに

そのままになってしまいましたが

後日ブログのコメントの中で少々お尋ねしたところ

ご丁寧にお返事をくださいました。


以下

Fさんからのメッセージを紹介させていただきます。




水のラインのこと

平成23年9月の台風12号は紀伊半島に甚大な被害を与えました。
私達が毎年修験道の修行でお世話になっている重要な修行の拠点も、
正に結界が破壊されるがごとく甚大な被害でした。

古からの水の守りである那智山の大瀧、天川村の天の安川である天河大瓣財天社は
報道がなされた通りの状況だったことを覚えています。

このことについて、私が個人的に気になっている水のラインについて考察してみることにしました。
 
熊野那智大社 那智の瀧から天河大瓣財天社に向かって、線を引くとその延長線上には何があるのか。
ほぼ線上に奈良東大寺があることに気が付きます。

奈良東大寺が春を告げる行事として二月堂のお水取りがあますが、
これは二月堂の本尊、十一面観世音菩薩に若狭、鵜の瀬にある若狭井の水を奉納するものです。
十一面観世音は水を司る神仏であり、白山信仰の白山妙理権現(菊理媛等)や龍神信仰に於いては本地仏とされています。

東大寺と鵜の瀬の位置関係についても、ほぼその線上に位置することがわかります。

また、
天川と東大寺の中間にある三輪山もかつては十一面観世音を祀っており、
神仏分離により桜井市の聖林寺に移されています。

この配置は何を意味するのでしょうか。
おそらく何らかの働きにより示された場所に、古の人々が神仏を祀ることで水の守りとしたのかも知れません。
ただ、何を意図して直線状に配置されているのか、なぜ2か所の守りが破戒されたのか、破壊されたことで終わったのか、何かの前触れなのか、自然破壊に対する警告なのか、謎は深まるばかりです。



この直線は水に関するラインである事は推測できますが・・・
今後さらに調べてみたいと思います。


いまさら説明する必要はないと思うのですが


3・11

「東日本大震災」


そしてその9月の台風12号による

那智の大瀧

天河大弁才天社


こちらに記載されているようにまだ記憶新しい

聖なる水のラインの破壊!



わたしは先日いってきたばかりの

伊豆大島の10月の災害を思い出しました。

台風26号は

伊豆大島だけに局地的な大雨を降らせた!

一日で800mm!

日本の年間の降雨量が平均1000mm代ということを考えると

これは驚異的!


「想定外」


なにしろ2011年から

想定外のことがあまりにも多いと思いませんか?


自然はわたしたちに

いったい何を伝えようとしているのでしょうか?



伊豆大島の自然災害のようすは

先日お伝えいたしました。


http://ameblo.jp/mizunotunagari3776/entry-11713145681.html


水の惑星の中でも

他の国がうらやむほどの清い水の国

日本。


またしてもあの言葉を思い出します。


目に見える世界は

目に見えない世界の映し鏡




では

目に見えない世界では

いったい何がおきているのでしょうか?














2011年にこの日本列島に何がおきたかは



「富士高天原」 その三 明見湖にもあった生贄の言い伝え(前編)

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明見湖のお話
(chiaさんが教えてくれこと)


明見湖、または蓮池のことを


調べてくださいと

chiaさんにお願いしていたら・・・


こちらにも

「生贄」の言い伝えがあったようです。


(この手の話はわたしはあまり得意ではないのですが

最近よくほかのブログさんの記事にも出てきますね。)


今日、chiaさんが四つのページを教えてくれましたが


そちらの最初のお話。




明見湖の蓮花

そこには悲しい娘たちの物語があった


明見村の子供たちが七八人あつまって、草履を片方づつぬいて道ばたへ並べ一人の子供が棒の先で革掘をかぞえながら、ふし(節)をつけて次の唄をうたう。
ざうりきざうめん 二ざうめん。
仙土から普土から 朝日がわいてくる
二背戸のせどの さいの娘かぢわら
げん五郎虫かちかち
でんはた つけはた とってぬけろ ようぬけろ
と、唄が終ったときに、棒の先でついた草履の持主は、いそいでその草履をはく、
ふたたびこの唄をくりかへして、また次の子がその草履をはく、何べんもこれをくりかへして、最後にのこった草履の持主が、鬼となるのだ。
 鬼になった子供は、小指の先を口にふくみ、くすり指で目をつりあげ、中指と人さし指で角(ツノ)をこしらへて、恐い顔をすると、一同がわあー----とさけんで、先をあらそって逃げてゆく、鬼があとから追いかける、といふ遊戯を行っている。
仙土は高い山、普土はひくい山、背戸は裏のことで、さいは刀鍛冶や武器をつくる者のこといい、道祖神様のことを「さい・賽」の神とも云う。
源五郎虫の「かぢわら」は虫の中でもいやな虫である。朝日のわいてくる東の麓の、「さい」の娘は何か魔性がついている。この娘が何事をかして、田や畑を荒らされるから、届けて置いた草履(ゾウリ)をとって、早く逃げて来いというような意味に解せれる。
 朝日のわいてくる東の山に何があるか----この村の東の方には、海抜千五百メートルから二千メートル位の、高い山が三つ繋がっている。いづれも中腹以上は樹木のない、はだかの姿で天を摩しているのだが、未だその頂上を極めた者は居ない。人跡未踏の地でまた行く必要のない所だ。ましてこの山の後ろは、甲・駿・相三国国境の山嶽地帯で、山窩(サンカ)などが多少住んでいるかも知れないが、探検隊もあまり入り込まぬ、原始以来の魔境である。
 東の山の深林地帯で、ある時一人の木樵(キコリ)が、山の奥で道に迷い、どっちへ行っても里の方へ出られず、あちらこちら歩き回って末に、すっかりくたびれてへとへとになり、岩の上へ横たわっている、大きな樹木があったので、まづ休もうと、これへ腰を掛けて、一服しょうとした瞬間、腰の下がモクモクとして、樹木がズルズルと動き出した。
「あっ----」と思った瞬間、もんどりうって前の谷間へ転がり込んだ。いやというほど尻を打ったが、何とか命は助かった。起きようとしたが、痛くて立ち上がれない、両手をついて谷底から上を見上げると、高い崖の上から物凄い形相をした怪物が、火のような息を吹いて見下ろしている。樵はあまりの恐ろしさに縮み上がり、四つん這いになって、コケツマロビツ、どこをどう転がって来たか、やっとのことで自分の家まで逃げて来た。樵は寒気がするといって、直ぐに布団に潜り込み、ブルブル震えていたが、七日七晩大熱が出て、何がなにやらさっぱりわからず、家じゅうの者も心配して寝床の周りを囲み、介抱した。その甲斐あって八日目からは口を聞けるようになった。いろいろ聞いてみると、樵は魘されながら、断片的に口を開いた。
出会った怪物は、神楽獅子のような顔で、白い髪の毛を、さか立て、角が生えている。金色の鏡のような眼でにらみつけ、口は耳までさけていて、真っ赤な舌をベロリと出しいたさうだ。この木樵はそのまゝ気を失って、足腰も立たす、口もきけなくなってしまったから、場所はどこだったか少しもわからない。
兎にかくこの山には、主が住んでいるという話は、一般には信じられている所だ。若い娘の草履を道端に並べて一夜を過ごし、その夜無くなった草履の持ち主は、生贄の籤(くじ)を引き当てて、哀れな犠牲となった。朝日のわいてくる二背戸の山の.東の山の深山の洞窟で、材人をおびえさせる恐怖の歌である。
これは建久のころ、今から七百五十年(昭和18年ころから)ばかり昔の話である。
明見湖のほとりに響き岩という岩盤がある。その岩の上へ新らしい女の草履が数足ならんでいる。赤、青、緑、樺(カバ)、紫、桃色、みんな違つた色の鼻緒がすがって、葦、茅のみだれた荒涼たる湖畔へ、あでやかな優しい情景をただよわせている。
ここへ村の者が大勢で、数人の若い娘をつれて来て、岩の前の広場へ集まり、数人の娘を前列にして、男たちはその後ろへ並んで待期の姿勢となった。男衆の中から一人の年よりが出てきて、岩の上へ並べてあった、新らしい草履をかかえて持って来て、娘た名の前へならべると、娘たちは懐から赤や青や黄色の色紙を出して、白分のもっている色紙と同じ色の鼻緒のついた、草履を履いて嬉しそうに、そして安心したような顔をして、胸をなでおろしている。
娘の中のひとり……水色の色紙をもつた娘が、白分のもった色の草履が見あたらず、他の娘のはく草履を慌てて追いまわしていたが、自分のもつている色紙の色の鼻緒の草履はなく、裸足しのまゝ水色の紙をにぎって、まん中に取り残されるや、娘はサットと顔色がかわり、ブルブルふるえて、「ワア----」とその場に泣き崩れた。
娘の父親が群衆の中から飛び出して来て、娘の体を抱き起こし、手拭いで埃と涙を拭きやり、「これ、もっともだ、もっともだ、だが我慢してくれ。何事も前世からの約束事だ。----村や村の衆のためになるのだから、我慢してお役に立ってくれろ、お前に当たったのは、名誉のことだ。何事も諦めて辛抱してくれ、心残さずお約にたってくれ、泣くな、泣くな、村のためだ、なっ、なっ、我慢しろ、頼むよ~~」
 と娘をヒシと抱きしめながら涙を拭いてやる。
娘は血走った目で父親の顔を見上げ、
「とっつあま(父さん)、村の衆のためなら、わし、どこへでも行きますよ」と立派には云ったが、魘(うな)されたように、戦慄(わなな)いている。父親は懐中からお守りを出して、娘の手ににぎらせ、「こりゃあな、氏神様のお守りさまだ、これさえ体につけて居りやあ、どんな所へ行ってもおっかない事はねえだから、肌身離さずつけて居ろよ……」
となだめ励ます。娘にお守り様を見つめて、やゝ安心したような顔つきとなったので,父親は一同の人々に向かい、
「みんなの衆~、娘は得心してお役を務めますから、どうか仕度をさせてくだせ~」という。村の男衆の持ってきた箱の中から、新しい衣装を取り出すと、女たちも手伝って着物を着せ替えた。白装束に緋の袴、髪をおすべからしに結んで、娘は神前へ詣でる巫女の姿となった。
神主が榊の小枝に紙垂(シデ)をつけたお玉串を捧げて祝詞を唱えながら恭(ウヤウヤ)しく禊の祓いを済ませて、いざ出立と合図をすると、岸辺に繋いであった小船の方へ、みんなで送って、巫女姿の娘を送り出そうとした。
そこへ通りかかって、最善からの様子を終始眺めていた一人の武士、髪は巻元締めにして、武者草履の甲斐々々しい旅姿で、弓を抱えた若い武士(サムライ)が、ツカツカと寄って来て、村の者の方をたたき、「何事であるか」と尋ねた。村人達は若い武士の顔を眺めて、ためらっていたが、中で長老が出てきて、「実はこういう訳でございます」と前置きをしながら事情を詳しく話した。


(後編に続きます)

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師走の富士と ざわざわ感

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12月に入り

なにやらざわざわしてきました。


なんとなく

心がざわざわ、ざわざわ・・・・


わたしだけかなあ・・・



昨日の朝の富士は

朝靄に包まれて本当に美しかった。


simplogでアップしてもこちらの記事に反映されなくなってしまいました

なぜでしょう?

{8E7A9FE3-3E7F-4494-80F2-B311BEEC9D09:01}

{BCD5BA5A-AF95-4A80-9623-FAFB87A06917:01}

そしてこれが

一昨日の富士です。

町にいたので

電線とか薬の看板が入ってしまいましたが。


あまりにも美しいので撮りました。



こころのざわざわは

そのままにしておきましょう。



富士高天原 その四  明見湖の不思議

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chiaさんが調べてくださった
明見湖の不思議なお話の
続きです。


----この村の東にあたる山の中に、年を経た神通自在の荒神様が住んで居られるので・毎年夏の七夕の日に、供物捧げる事となっています。

酒一樽・餅4斗、海の魚と川の魚、新しい野菜と新しい果物、若い生娘を一人添えて、献上することに定められている。

これを怠ると大変なことになる。山鳴り震動して風を起こし雨を降らし、大嵐となって田畑を荒らし、人畜に損害をあたえるなど、思いがけない異変が続発する。これが恐ろしいので、毎年この行事を続けているのだが、御供物はなんとでも調達できるが、捧げられた若い娘は返して下さらないから、年頃の娘達は毎年心配して、お召し預かった娘は村のために、この様な悲しい別れをするのだという----。


若い武士はこの話を聞くと、目を輝かして、
「わしがこの娘を送ってあげよう。そして相手を見届けて参ろう」と云った。周囲の人々は驚き、みんなで引き止めた。
「心配するな。わしには自身がある。実は昨夜泊まった近村の農家でこの話を聞いたので、わざわざたずねてまいったのぢゃ」
 というので、一同改めて武士の姿を見直すと、筋骨たくましく、凛々しい顔をしているので、
「それではお願い申し上げましょう」
 武士は娘とともに、船に乗り込んだ。武士が櫂をとって小船を操り、湖水の中ほどまできた時、突然晴れていた空が掻き曇り、暗闇となり、風も強く吹き出した。武士は目を凝らして、微かに見える東の山を、キッと見つめると、中腹の森の中から、真っ黒の雲が、モクモク沸いて出る。その雲の中に、キラッと金色に光るものがあって、水面を波立たせながら木の葉も撒き散らしながら、小船めがけて押し寄せてくる。
 若い武士は、少しも物怖じせずに、櫂を置き、自慢の強弓を握り、鷹の羽の矢を番えて、満月のように引き絞り、
「恐敵々々々々々々----箱根権現、石松八幡神社を始め奉り、日本六十余州の神々、われに加護あらしめ給え、悪魔退散、悪魔退散」
と心の中に念じ、狙いを定めて、いっきに矢を放った。矢は暗闇を走り、光を放す怪物に命中した。金色の玉は微塵と砕け飛び散り、
「ガラガラ、ガラガラ、ゴオ~ン、ゴオ~ン」と、耳を劈(ツンザ)く雷鳴が響き渡り、周囲には「光物」が散乱し、その中のひとつが、グーンとうなり聲を響かせて飛んできて、舟の横腹ヘガーンとあたった。
「アツアアアア----」と思った瞬間船は転覆し、武士と娘は水中に投げ出された。
周囲の黒雲は消え、波も静まり、激しい風も治まり、眩いばかりの晴れ間が広がった。
湖畔で見守っていた村人が、事態を心配していると、物の怪を退治した若者が娘を小脇に浜の方へ泳いでくる。村人は歓声を挙げながら、迎えの小船を差し向けた。武士と娘を小舟へ引きあげて.岸辺へつれてきた。
岸に引き上げて見ると、若い武士は手傷は無く、元気そのものであったが、娘は哀れ。若者や村人は必死に介抱したが、娘は二度と目を開くことは無かった。娘の父親は死骸に取り縋って悲しんだ。
「この湖水の真ん中は底が深く、周囲は水は浅く泥が深い。昔からこの海へ入った者は、一人も助かった者は居ない。娘はもともと村のために捧げた命だから、死んでも本望でござりましょう。それにしてもお武家さまはよくまあご無事でこられましたな~」
 武士は、
「船が覆って、水に投げ出された時に、直ぐに娘を抱えて泳ぎだしたが、不思議な力が我らの体を、底へ底へと引き込もうとする。」そのたびに娘の体が「うき」のようになって、私の体を引きあげてくれるような気がしたが、今にして思えば、死んだ娘の魂が「うき」となって、溺れそうになった白分を導いてくれたものと考へられる。思わぬところで恩義にあづかり、感謝の外はない----」。
と娘の亡がらにむかつて手を合わせた。娘の残し置いた水色の紙に、一首の和歌がのこしてあったので、武士は村の者から受け取って読んで見ると、
「ちぎり置きし露ははかなく消ゆるとも蓮のうてなに、かほりのこさん」 
と書いてあった。あはれ薄命のこの娘は、すでに前夜からこうなることを覚悟していたのだったのかと、いまさら一同の眼をしばたたかせた。
何はともあれ、物の怪を退散させて、村の難儀を除いて下さった、武士にお礼をしなければと、村人一同はお連れ申して、出来る限りのもてなしをした。村人は武士に、荒神様の祟りを恐れ、武士に、「しばらく村に留まっていただきたい」と懇願して、武士も快諾して村に留まることにした。これを機会に村の悪習「人身御供」は無くなったという。村人は感謝の念をこめて武士を尊敬しながら暮らした。
あるとき武士は村人に「これまで犠牲になった娘たちの霊を慰めるために、湖水の浅瀬に「蓮の花」をたくさん植えることを提案した。
村人は「今まで気がつかなかった。村のために犠牲になった娘たちのために、おっしゃる通り、蓮を植えて霊を慰めよう。」と総出で植えつけた。
やがて時が過ぎ、蓮の花は湖水の水面を覆い尽くすようになった。その花の美しさは、多くの娘たちの笑顔のようで咲き誇っていた。また蓮の花の香ばしい香りは近辺の村々へも漂い、多くの人が訪れるようになった。
年が遷(ウツ)り、星がかわり、当時の様子は幻のような記憶になっていったが、村の子供は、振り分け髪の「うない」遊びに、前記の「ぞうり唄」を面白い節をつけて、面白おかしく、うち興じながら唄い遊んでいるのである。
こうした童謡・民話・伝説・昔話には地域の隠された地域の人々の想いが託されている場合も多く見られる。この伝承や唄にも、地域を取り囲む郷土の山々に対する村人の畏敬の念と、鉱山などの秘めた産物をひた隠すために、こうした類の話を創作して、村人を近づけないこともあったと考えられる。
黒雲の中の金色の光
明見村東方の山麓の集落、向原からこの山に登っていくと、細かい水晶が露出している洞窟がある。
ここの水晶は、あまりにも細かく、何の役にも立たず、村人は重要視していないが、水晶のある付近には必ず「金鉱」があるという人もいる。
この「東の山」というのは、富士北麓の小沼駅から入る。近頃学生や登山家が登る御正体山の中腹、入山右側の深林地帯である。若き武士が明見湖畔を訪れた建久二年は、曽我兄弟の討ち入りの二年前の話である。


この明見湖の言い伝えのお話は
もう少し続きます。

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「ミシャグジの秘密」 スワの旅 最終章①

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この話は今思い出しても
本当に不思議なのですね。




もう二週間も経つのですが


先月、11月19日、20日に訪れた
諏訪の旅のシリーズが完成せずに
そのあと怒涛の「大島行き」


そして肝心要のこのお話を書いていませんでしたので
このタイミングでお伝えしようかと思います。


何故なら
また
来週は「阿祖山神宮」の続き
「富士山高天原」の旅の続きを続行しなくてはならないから。


このスワの旅が
こちらに結びついてしまいそうな予感がするもので・・・


宿で懸命に慣れないスマホで
こちらの記事を書いたのち





諏訪マスターのDさんから
こんなメールが入りました。


「ところで
前宮のそばの
神長官守屋資料館は行かれました?



凄いエネルギーの場所です。


(中略)


もっと奥に小さな祠とご神木があるだけなんですが凄い場所です。
出雲が入ってくる前の、守屋の神様です。」


うわああ!
「守屋資料館」!


この日に前を二度通りました。


絶対絶対行きたいよね。
でも
前宮ではその後ろの山(守屋山につながる)にどんどん登ってしまい
おかげで秋宮にも春宮にも行く時間がなくなってしまった!


ついでに「北斗神社」という、天之御中主を祀る神社にもよってしまったんです。

タイムアウト!


行けないよ・・・・
それでDさんには
機会があれば行くようにします、とメールしました。


悔しいなあ・・・・・


そして
その「守屋資料館」をネットで調べたところ


「藤森照信」という建築家がデザインした、という記述が出てきました。


ふうん
わたしは存じ上げませんでした。


宿でお風呂に入って一杯やって
上機嫌の友人に
「藤森照信っていう建築家、知ってる?」


そう尋ねたところ


知ってる知ってる!
面白い建築を作るんだよ!
空飛ぶ泥船とかね。


何じゃそれ?


もう一度検索すると・・・・


守屋資料館のすぐ裏にその空飛ぶなんちゃらがあるらしい!


帰りよろう!
よろう!よろう!


このようにして
ありえないはずが
まんまとこの旅の最後に
「守屋資料館」へ!



{1EFC827C-9299-4877-8FDD-15C185D58DD9:01}

これが「空飛ぶ泥船」
藤森照信の作品のお茶室だそうです。
友人は大満足。

{8EC6D3BC-5B64-4B88-8CF9-459D31A9D586:01}

これが
藤森照信のデサインした
守屋資料館


なんでも守屋(守矢)の家系の直径の現在の「神長官」のかたが
藤森氏の名づけ親だったことから
この建築のデザインを依頼されて断れなかったということです。

すぐそばに「藤森神社」なるものがあることから
守矢家と藤森家はとても深い関係にあったんだろうな・・・・


照信の
照はアマテラス大神
信は武田信玄から取った最高な名前なんだそうです。


アマテラス!


この守屋資料館に入るときにはすでに西側に太陽があり
斜光が差し込んでいました。

{E2A34EBA-781D-48E4-9D89-FC1C11FD4DBC:01}

最初に奥のお社にお参りしました。

{7EC78B26-E255-4674-BFD4-2F2D768A33D7:01}

ほんとうに小さなお社だったのですが
「エネルギーが凄いんです」
というDさんの言葉がうなづけます。

{1B95117B-09CA-498E-A43F-4BF760038205:01}

ここは
「ミシャグジ神」を堂々と御祀りしています。
諏訪神社のタケミナカタではなく


出雲の神がやってくる前の
縄文の神!

{8398B22E-011E-4313-AE2A-C976DD1D887E:01}

左側に小さなお社がふたつ。


この地方で驚いたことには
どんな小さなお社にも
小さな「御柱」がちゃんと四本建てられています。


神をおろすための御柱。


日本でこのような形態は
この地方だけですね。




このあと
資料館の中に入ると
おどろくべき
「モリヤ」
「ミシャグジ」
秘密が明らかになります。




つづきます。
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