明治政府の
『神仏分離令』が無かったとしたら
今頃日本は
どうなっているのだろうか?
わたしたちの富士山でも
『大日如来』は
『木花咲耶姫』にとって代わられた。
もともとは男神でも女神でなかった
『あさまのおおかみ』なのだから
ま、いいかー!と
わたしは思ったりするけど。
限りなく、もとの姿に戻っていくのかも知れなくて。
古層の神々が、どんどんあぶり出されて行くのは
なんだか、嬉しい。
古事記や日本書紀が編さんされる以前
仏教が伝わる以前には
この国には
縄文の神々がいたはずで、
それが、山岳宗教である修験道に
片鱗が
残っていたりするのかもしれない。
わたしは
蔵王さまも
秋葉さまも
飯綱さまも
愛染明王も
そして
あさまのおおかみ
も
結局
火の神では?と思っています。
さて
『奈良県吉野にある金峯山寺(きんぷせんじ)。ここは言わずと知れた修験道の聖地です。
修験の開祖である「役行者」が、ここ(金峯山)で修行に明け暮れ、人々を救うために感得( 信心が神仏に通じて、宿願がかなえられること。)したのが、日本独自の神である『蔵王権現』なのだ。
そして、役行者はその現れし蔵王権現の姿を桜の木に彫刻したという。その桜の木を祀るためにお堂を建て、それが金峯山寺始まりだと言われているそうだ。』
さて
修験の開祖である「役行者」が、ここ(金峯山)で修行に明け暮れ、人々を救うために感得( 信心が神仏に通じて、宿願がかなえられること。)したのが、日本独自の神である『蔵王権現』なのだ。
そして、役行者はその現れし蔵王権現の姿を桜の木に彫刻したという。その桜の木を祀るためにお堂を建て、それが金峯山寺始まりだと言われているそうだ。』
さて
越後の『蔵王さま』は
明治の『神仏分離令』により
すでに、廃寺となってしまっていた。
『金峯神社』に参拝。
すぐそばの
ケヤキの大木。
樹齢800年といわれる。
5、600年で寿命を閉じるケヤキが
このような大木になること
初めて友人も見たという。
廃寺となってしまった蔵王堂の『安禅寺』は
現在、
ひっそりと再建されていた。
そして
仁王門を飾っていたはずの
そして
お決まりの
不動明王像。
ここ
安禅寺の本尊は
現在は、蔵王権現ではなくて
毘沙門天。
そうして、ここには
南北朝にも由来あり。
『南北朝時代には南朝北朝両軍の紛争の焦点となり、神社隣接の蔵王堂城の勢力は北朝に属すが、宗良親王は三島郡王番田(新潟県長岡市王番田)まで進駐し、交渉した結果南朝に入るが、再び北朝に入る。合戦後北朝方が越後全域を支配下に治めた。』
『宗良(むねよし)さんに、よろしくね!』