都営地下鉄
大江戸線は
確かに奇妙だ。
当初、8の字に回る路線が計画されていたらしいけど
結局、6を横にした路線になったという。
大地震や核戦争など、有事の際の
避難ルートや核シェルターの役目を果たすために作られたというが
それだって、都市伝説の域を出ていないかも知れない。
他にも
旧日本軍のトンネルを流用した、
という説など色々有るらしい。
◯ルバトーレを出てから
大江戸線に乗るまでが大変な道のりだった。
そこから実はとても近かったのに
迷路のような地下通路を
矢印だけを頼りに右往左往しているうちに
やっとたどり着いたのは
『新宿西口』ではなくて
『西新宿五丁目』という駅だったようだ。
そこから乗ったら、なんと目的地の若松町までは
都庁前で乗り換えをしなくてはならず
そのあたりは『6』の字のちょうど交差するあたりなのだ。
平日のお昼過ぎの大江戸線は
案外空いていたけれど
地下鉄の乗客の八割は、スマホを手にしている、という話は、
本当だった。
法要の行われるお寺は
わが家の菩提寺ともいえるところで
そこは、わたしの産まれた国立病院の
目と鼻の先にある。
その国立病院は
最後の日本兵と言われた
かの『横井庄一さん』が
グァム島から帰国後、入院していたので有名になった。
その後、ルバング島から小野田少尉が発見され、帰国し
やはりその病院に入院していたけど
それにより、『最後の日本兵』は
小野田寛朗さんに塗り替えられて
『戦後は終わった』
と、
昭和史も塗り替えられたのだけど
昨日、成人式を迎えたばかりの
甥っ子は
その話を全く知らなかった。
昭和は遠くなりにけり。