『甲斐国三宮玉緒神社由緒
神社名と鎮座由来
神社名と鎮座由来
社記によると甲斐国の上代には酒折宮北方三室山山上に社が祀られていたが、約二千年前景行天皇の御世、日本武尊東征の御帰路の折、山々に囲まれた盆地は水路開けず大雨あればたちまちに氾濫、湖水となり洪水に苦しむ様を見て、酒折宮前方の国中央の佳き地を選び、水害防止の為一つの珠を土中に納め、上に一株の杉を植え、神籬木(神の魂の宿る木)とし土地の守神である国玉大神を一国鎮護の神として祀った、この後、洪水は静まり神徳顕著なるにより、社を祀り国魂神、国玉社と特に社号を賜ったこの杉は玉室杉とよばれそこから玉緒のなが起こったとも伝えられている、地域に凶変ある時は、御室山が鳴動して里人に告げるという伝説がある。』
不思議なんだよね。
一度も行ったことが無いけど
前を通ったとこのある裏覚えのこちら
適当に走ってもらって
あ、なんとなくここを左折、左折
そうしたらどおんと!
目の前に!
一宮と二宮は
笛吹市にあるのだが
三宮
『玉緒神社』は離れていて
甲府市 酒折というところに鎮座していた。
大変気になっていたこのお社は
梅の名所である不老園
ヤマトタケルの酒折宮のお膝元
珠を埋めてその上に杉の木を植えた、とある。
それを、三室?
やがて御室山と呼ぶ、とある。
そして、やはり
丸に三の神紋!
十六菊花紋!
もっとも
ヤマトタケルだからね。
こちらを参拝して
一宮
二宮
三宮
すべてが終わった
かに思えた。
しかし
看板に
古の『お御幸さん』の説明あり、
それによると
一年に一度
執り行われたその最大の神事のゴールは
ここではなく
竜王三社神社。
釜無川にある信玄堤の
一宮
二宮
三宮
が、合祀されている場所だと明記されていた。
わたしが
そこがゴールだね、というと
chiaさん
『行きましょう!』
と。
一宮からお神輿を担いて
最後は甲斐社にある三社神社まで!
甲府盆地のほぼ端から端。
昔の人たちはすごいです。
そこが
今日の最後の場所みたい。
5月10日。