この話の入り口は
太宰治だったけど
出口はとんでもないところにありそうだ。
またしても
若き日の邂逅?
もう、何でもありありで
ノスタルジックでも
エキセントリックでも何でも来い。
玉川上水を下って行くと
わたしがユウヤと20代後半に住んでいた代田橋。
さらに
何ということ?
先日わたしが行かされた
最初の新居
ニューステートメナーのそば
あの文化服装学院近くの遊歩道は
やはり玉川上水の暗渠だった。
そして昭和になってから建設された淀橋貯水池。
これは、玉川上水の水の貯水池であった。
今の都庁がある場所で
わたしはこのすぐ近くで生まれ育った。
あの、コクーンタワーすら
淀橋貯水池の跡に建っているのだから。
そしてまたしても
あの因縁の
内藤新宿、新宿御苑。
父の生まれた場所、
そして子どもの頃の思い出が詰まった場所。
すべからく
玉川上水と多摩川のみづの流れに
わたしは生息していたのだ。
まるでお釈迦さまの手のひらの上のように
わたしは『たまのみづ』の流れの中に
最初から生息していたんだ。
そして今
何故、富士に?
またもやそこに戻ってきてしまう。
心はあっちにいったり
こっちに来たり。
でも、
玉川上水のお話は
とりあえず
【完】