そうきましたかあ〜〜!
八ヶ岳へ行く
とは知っていたけど
八ヶ岳とは
山梨県と長野県にまたがっていて
この日に誘われたのは
長野県側の、八ヶ岳山麓。
『尖石遺跡』を検索して
驚いたことには
全く意識してなかったのだけど
ここ、三井の森の周辺は
『長野県の茅野市』
だったのです。
えええ?
茅野って
諏訪湖のすぐそばじゃないの?
この日に訪れた
『尖石遺跡』は
この、
我が国最初に指定された『縄文遺跡』
で、あるばかりではなく
すごく、大切な場所であったのでした。
(だから、御柱があったんだ!)
茅野市湖東の
『湖南遺跡』からは
『仮面の女神』が
出土しているのです!
『出土日:平成12年(2000年)8月23日
国宝指定日:平成26年(2014年)8月21日
「仮面の女神」の愛称をもつこの土偶は、茅野市湖東(こひがし)の中ッ原遺跡から出土した、全身がほぼ完存する大形土偶です。全長は34センチメートル、重量は2.7キログラムあります。顔に仮面をつけた姿を思わせる形であることから、一般に仮面土偶と呼ばれるタイプの土偶です。今から約4000年前の縄文時代後期前半に作られました。
遺跡のほぼ中央にある、お墓と考えられる穴が密集する場所で、穴の中に横たわるように埋められた状態で出土しました。右足が壊れて胴体から外れていましたが、これは人為的に取り外したことが明らかになりました。お墓に一緒に埋納されたものか、あるいはこの土偶だけが単独で埋められたものかは、今後の研究を待たねばなりません。』
出土したのは
ここ!
そうして
同じく縄文時代の中期の遺跡、
『棚畑遺跡』からは
『縄文のビィーナス』が
出土しているのです!
出土日:昭和61年(1986年)9月8日
国宝指定日:平成7年(1995年)6月15日
棚畑遺跡は、米沢(よねざわ)埴原田(はいばらだ)の工業団地の造成に伴い、昭和61年に発掘された、市内でも最大規模の遺跡です。この遺跡からは、縄文時代の前期から江戸時代までの生活の跡が見つかっています。特に今から約4000年から5000年前といわれる、縄文時代中期と呼ばれる時代については、この土偶をはじめ、膨大な量の優れた資料が出土しました。発見された住居址は150軒以上、完全に復元された縄文土器は600点にもなります。
出土したのは
ここ!
この
ふたつの近年に発見された『女神像』は.
ともに、この[尖石遺跡』で見ることが出来るのですが、
なんと、同時代(五千年前)の
シュメールの女神との共通点が取りさだされています。
『仮面の女神』は
爬虫類の顔をもつ
龍蛇族といわれる
『イナンナ(イシュタール)』
そして
豊穣の大地母神の原型であるともいわれ、
縄文の女神と同一で
日本からシュメールに来た、
との
まことしやかに伝えられたりもしています。
年代的にも
縄文時代は一万五千年も続き
五千年前のシュメールの文明とも一致する。
そうして
女神、イナンナは
冥界へ行きそこを収めるとの
日本神話のイザナミと共通する神話があり
イザナミ、
ビィーナス、
マリア、
と
連綿とつながる大地母神のベースであるともいわれています。
この日の三人の大人遠足は
やはり、なんだか不思議な展開となり、
Sちゃんは
『縄文遺跡!意味がありましたね〜!
ずっと、33が来てたんです!』
と最後に言い
そういえば
33は、瀬織津姫の誕生日???
てな話も先日、書いたばかりでした。
三井✖️3回のシンクロもすごかったしね。
わたしは
この日、
尖石が、富士のエネルギーを欲しがったのだ、
そんな勝手な解釈をしています。
イナンナのマークは
偶然にも???
八芒星。
そして
やはり、三、
あの
三本のカラマツの御神木も。
ならなかったのだな。
余談ですが
昨日は仙台市内を
羽生結弦くんが凱旋パレードをしたニュースを
民放などで今朝話題にしてたけど、
また、三井???
そんな見方をしたのは
わたしだけなんだろうな。
仙台、安倍晴明、羽生結弦、
そして、三井。
なんだか気になりますね。
『縄文よりの誘い』
おそらく、なんですが、
繰り返し
繰り返し
わたしたちの前に
訪れることでしょう。
一万五千年も平和が続き
豊穣があまねく平等に続いた人々の暮らしは
間違いなく
未来のモデルでもあるのだから。
いつでも、また
いざなってくださいませ。