今日は9月9日
ククリの日、
まずはこちらがステキだったので
リブログさせていただきます。
星のイーシャさん
なぜだかこの日に
“富士は晴れたり日本晴れ”
を
感知されたのですね。
ありがとうございます。
とても美しい“ひふみ アート”
紹介させて頂きました。
さてさて、
加賀の白山の白山媛、
『くくりひめ』は
ずっと気になっておりました。
初めてその名を耳にしたのは
今から20数年前
美内すずえさんの著者
『宇宙神霊記』を古本屋で見つけた時でしたか。
なんでも、その時は、
地球の神々の当番があり、
くくりひめがこれから当番になるのだ、
そんな話でありました。
くくりひめは、菊理媛。
白山媛と菊理媛は
同一と考えられています。
朝鮮半島と中国の国境の
白頭山の女神であったらしい。
永らく、伊勢神宮にお祀りされていた経緯などもあるらしい。
もうひとつ、
縄文の白山族が
天孫の日向族に征服され
神話から抹消されたお話も耳にします。
どちらが本当なのか、
どちらも本当なのか。
こんな記事を見つけてしまい、
またまた今夜は眠れないかも…
『白山菊理姫は、多くの謎に包まれた神です。記紀神話でも、『日本書紀』に一度出てくるだけで、『古事記』にはいっさい登場しません。それに『日本書紀』に出てくるといっても、イザナギ、イザナミの神話の一書(別伝)として、何の説明もなく唐突に現われます。
イザナギは、死んだ妻のイザナミを黄泉(よみ)の国まで追いかけて行くのですが、見てはならないイザナミの姿を見たために、揉め事になってしまうんですね。
イザナギとイザナミが泉(よもつ)平坂(ひらさか)で言い争いになったときのことは次のように書かれています。
伊奘諾(いざなぎの)尊(みこと)がいわれるのに、「はじめあなたを悲しみ慕ったのは、私が弱虫だった」と。このとき泉(よも)守(つち)道者(もりびと)が申し上げていうのに、「伊奘冉(いざなみの)尊(みこと)のお言葉がありまして、『私はあなたともう国を生みました。どうして更にこの上生むことを求めましょうか。私はこの国にとどまって、ご一緒には参りません』と」このとき菊理媛(くくりひめの)神(かみ)が申し上げられることがあった。伊奘諾尊はこれをお聞きになり、ほめられた。ただし自ら黄泉(よみ)の国を見られた。これが不祥であった。それでそのけがらわしいものをすすぎ洗おうと思って、出かけて阿波の水門(みと)と速吸(はやすい)名門(なと)をごらんになった。ところがこの二つの海峡は、潮流がはなはだ速かった。それで橘の小門(おと)(日向)に帰られて、払いすすぎをなさった。
菊理姫について記されているのはこれだけです。日本書紀の編纂者にとってはよほど都合の悪い言葉だったとみられ、おそらくは「検閲」され、「菊理媛神」がこのとき何と言ったのかは皆目検討がつきませんね。ただ菊理媛神は、イザナギとイザナミの夫婦喧嘩を仲裁してしまうぐらいですから、かなり上位の神ではないかとの説もあります。
文献などの資料がほとんどないため菊理姫に関する定説はありませんが、古代東北アジアのシャーマンの系統ではないかとの説が有力です。民俗学者の中山太郎は、菊理媛神こそ「幽冥の境にある魂の言を、この世の人に伝える霊媒者」であり、日本最初の巫女ではなかったかとしています。鳥の羽根や翼を付けたシャーマンだったのでしょうか。そうならば、白山伊勢ラインがなぜ鳥ラインなのかも説明できそうです。
古代アジアのツングース系民族の「白山部」という氏族の中で生まれた「白頭山信仰」や「太白山信仰」が海を渡ったとの説もあります。菊理姫のククリとは「結ぶ」の意味で、天と地、男女、恋人、夫婦の不和、対人関係のトラブルの解消に大きな御利益があるとされていますが、「くくる」は「水くくる」で禊の意との解釈もあります。
ネパール語の「ククリ」(刀)と関係があるのではないかとの指摘もあります。『日本書紀』垂仁紀に、新羅の王子、天之(あめの)日(ひ)矛(ほこ)が渡来、帰化した記録が残っていることから、天之日矛の出身地である朝鮮半島の聖山「太白山」になぞらえたのではないかとの説もあります。また、「白」は東北地方の「オシラサマ」(一説に火事や地震など不吉な事が起こる前兆を知らせる神様)信仰にも通じることから、シャーマン的な山岳信仰と結びついていたことも考えられますね。やはり、菊理姫が巫女的な存在であったことを示しているのかもしれません。
この白山神社が非農耕民系の村に多いことにも触れておきましょう。つまり、農耕民系の弥生人ではなく縄文人の信仰と深く結びついていることが推察されるわけですね。神道家の金井南龍(故人)が『神々の黙示録』(徳間書店)の中で「天皇家が白山一族を滅ぼして奴隷にした」と指摘しているように、現在白山神社がある場所に住み、白山を信仰していた非農耕民系の人々は、ちょうど両面宿儺の伝説と同じように「逆賊」として、大和朝廷に滅ばされて奴隷にされたのではないかとも思えてきます。そして原日本人(石器時代から縄文時代後期までに日本に渡来、もしくはすでに住んでいた人々)の歴史は改ざんされ、もしくは抹殺されたのではないでしょうか。
東京の東村山市教育委員会が出版した『白山神社と太陽信仰の研究』の中でも、「(白山神社に祀られている神が)東日本では多く、今日は被差別部落の神」となっているとし、「白山神社に関する上古史は、大きな力によって消滅させられているようで、加賀白山本宮の古文献を収めた一〇〇〇余頁を超える『白山比め神社叢書』の中に、白山の上古史をうかがわせるものは皆無である」と書かれています。そう考えると、白山神社が被征服者の信仰と密接に結びついていた可能性が強いです。菊理媛神が大和朝廷にとって都合の悪い神として記紀神話から事実上、抹殺されたとしても不思議ではありませんね。』
イザナギは、死んだ妻のイザナミを黄泉(よみ)の国まで追いかけて行くのですが、見てはならないイザナミの姿を見たために、揉め事になってしまうんですね。
イザナギとイザナミが泉(よもつ)平坂(ひらさか)で言い争いになったときのことは次のように書かれています。
伊奘諾(いざなぎの)尊(みこと)がいわれるのに、「はじめあなたを悲しみ慕ったのは、私が弱虫だった」と。このとき泉(よも)守(つち)道者(もりびと)が申し上げていうのに、「伊奘冉(いざなみの)尊(みこと)のお言葉がありまして、『私はあなたともう国を生みました。どうして更にこの上生むことを求めましょうか。私はこの国にとどまって、ご一緒には参りません』と」このとき菊理媛(くくりひめの)神(かみ)が申し上げられることがあった。伊奘諾尊はこれをお聞きになり、ほめられた。ただし自ら黄泉(よみ)の国を見られた。これが不祥であった。それでそのけがらわしいものをすすぎ洗おうと思って、出かけて阿波の水門(みと)と速吸(はやすい)名門(なと)をごらんになった。ところがこの二つの海峡は、潮流がはなはだ速かった。それで橘の小門(おと)(日向)に帰られて、払いすすぎをなさった。
菊理姫について記されているのはこれだけです。日本書紀の編纂者にとってはよほど都合の悪い言葉だったとみられ、おそらくは「検閲」され、「菊理媛神」がこのとき何と言ったのかは皆目検討がつきませんね。ただ菊理媛神は、イザナギとイザナミの夫婦喧嘩を仲裁してしまうぐらいですから、かなり上位の神ではないかとの説もあります。
文献などの資料がほとんどないため菊理姫に関する定説はありませんが、古代東北アジアのシャーマンの系統ではないかとの説が有力です。民俗学者の中山太郎は、菊理媛神こそ「幽冥の境にある魂の言を、この世の人に伝える霊媒者」であり、日本最初の巫女ではなかったかとしています。鳥の羽根や翼を付けたシャーマンだったのでしょうか。そうならば、白山伊勢ラインがなぜ鳥ラインなのかも説明できそうです。
古代アジアのツングース系民族の「白山部」という氏族の中で生まれた「白頭山信仰」や「太白山信仰」が海を渡ったとの説もあります。菊理姫のククリとは「結ぶ」の意味で、天と地、男女、恋人、夫婦の不和、対人関係のトラブルの解消に大きな御利益があるとされていますが、「くくる」は「水くくる」で禊の意との解釈もあります。
ネパール語の「ククリ」(刀)と関係があるのではないかとの指摘もあります。『日本書紀』垂仁紀に、新羅の王子、天之(あめの)日(ひ)矛(ほこ)が渡来、帰化した記録が残っていることから、天之日矛の出身地である朝鮮半島の聖山「太白山」になぞらえたのではないかとの説もあります。また、「白」は東北地方の「オシラサマ」(一説に火事や地震など不吉な事が起こる前兆を知らせる神様)信仰にも通じることから、シャーマン的な山岳信仰と結びついていたことも考えられますね。やはり、菊理姫が巫女的な存在であったことを示しているのかもしれません。
この白山神社が非農耕民系の村に多いことにも触れておきましょう。つまり、農耕民系の弥生人ではなく縄文人の信仰と深く結びついていることが推察されるわけですね。神道家の金井南龍(故人)が『神々の黙示録』(徳間書店)の中で「天皇家が白山一族を滅ぼして奴隷にした」と指摘しているように、現在白山神社がある場所に住み、白山を信仰していた非農耕民系の人々は、ちょうど両面宿儺の伝説と同じように「逆賊」として、大和朝廷に滅ばされて奴隷にされたのではないかとも思えてきます。そして原日本人(石器時代から縄文時代後期までに日本に渡来、もしくはすでに住んでいた人々)の歴史は改ざんされ、もしくは抹殺されたのではないでしょうか。
東京の東村山市教育委員会が出版した『白山神社と太陽信仰の研究』の中でも、「(白山神社に祀られている神が)東日本では多く、今日は被差別部落の神」となっているとし、「白山神社に関する上古史は、大きな力によって消滅させられているようで、加賀白山本宮の古文献を収めた一〇〇〇余頁を超える『白山比め神社叢書』の中に、白山の上古史をうかがわせるものは皆無である」と書かれています。そう考えると、白山神社が被征服者の信仰と密接に結びついていた可能性が強いです。菊理媛神が大和朝廷にとって都合の悪い神として記紀神話から事実上、抹殺されたとしても不思議ではありませんね。』
河口湖にも、白山神社があり、
それは、疱瘡やイボ取りの神さまとして信仰されていますが、
『被征服者の信仰と結びついていた』
という部分と
非常にマッチするのですね。
ところで、
白鳥ラインて、なんじゃろ…。
こちらかしら?
さらには
縄文の女神、瀬織津姫と同一神である、という考察も、見逃せません。
うわっ!これまた
違う世界に連れていかれそうなので
この話はまた後ほどね!
(結局は、同じお話なのですが)
9月9日
ククリの日
陰陽和合のこの女神さまの
働きに、感謝です。
北朝鮮の建国記念日とかで
ミサイル発射か???
日本政府もマスコミは騒いでいましたが、
白頭山の女神さまも
白山の女神さまも
和合に一役かってくださったのかも知れません。
感謝です。