少女から
大人の女に向かって
流れていった時間の嫋やかさを
久しぶりに思い出す。
アヤメ、菖蒲、カキツバタ
などなどが
咲き乱れているものだから。
13歳のときに読んだ
ヘルマン ヘッセの
『イリス』を連日、思い出していた。
タイトルの『イリス』は
現在は、『アヤメ』と訳されているようだけど
ストーリーは裏覚えなのに
最後のシーンだけ。
主人公がいつものように歩いていると
花の中に入って行ってしまうという
ラストシーンは幻想的だ。
久しぶりに
『イリス』を検索などしてみると
ヘルマンヘッセの幼少期の
母が育てていた
ジャーマン アイリスの花の記憶が
彼にこの物語を書かせたみたい。
-幼年時代の春、アンゼルムは緑の庭を走っていた。母の作っている花の中の一つはアヤメという名で、彼は特に好きだった。彼はほおをその高い淡緑色の葉にあてたり、指をその尖った先端に押しつけて、さすってみたり、大きな素晴らしい花の香をかいで吸い込みながら、長いあいだ中をのぞいたりした。その中には、薄く青みがかった花托から、黄いろい指が長い列をなして伸びており、その間をひと筋の明るい道が走って、萼の中へ、花のはるかなひょうびょうとした秘密の中へと下っていた。 -
(『アヤメ』 H.ヘッセ著、高橋健二訳の冒頭より引用)
やがて、アンゼルムは成人となり
イリスという名の女性と知り合い
恋に落ちる。
イリスは、日本でいえば
あやめさんという女性といったところか。
『イリスさん』
と彼は彼女に言った。
『愛しいイリスさん、この世がもっと別な仕組みになっているといいんですが。花と思想と音楽とを恵まれた、あなたの美しいなごやかな世界しかないのでしたら、ぼくは、終生あなたのそばにおり、あなたの物語を聞き、あなたの思いのうちに共に生きることよりほか、何も願おうとしないでしょう。あなたの名前がすでにぼくには快いのです。イリスは素晴らしい名前です。その名がぼくに何を思い起こさせるのか、見当がつきませんが』
『ご存知じゃありませんか』
と彼女は言った。
『青や黄のアヤメがイリスっていう名であることを』
イリスは、アヤメの花の精であったのだろうな。
この村に、アヤメの花が咲き乱れるこの時期に
ももが、初潮を迎えた。
時々、精神の不安定さを感じてしまう。
ももは、推定生後七ヶ月。
人間でいえば
13歳といったところか。
ヒトとイヌとは違うけど
多感だったあの日の自分を
何故だか、思い出してしまう。