chiaさんが調べてくださった
明見湖の不思議なお話の
続きです。
----この村の東にあたる山の中に、年を経た神通自在の荒神様が住んで居られるので・毎年夏の七夕の日に、供物捧げる事となっています。
酒一樽・餅4斗、海の魚と川の魚、新しい野菜と新しい果物、若い生娘を一人添えて、献上することに定められている。
これを怠ると大変なことになる。山鳴り震動して風を起こし雨を降らし、大嵐となって田畑を荒らし、人畜に損害をあたえるなど、思いがけない異変が続発する。これが恐ろしいので、毎年この行事を続けているのだが、御供物はなんとでも調達できるが、捧げられた若い娘は返して下さらないから、年頃の娘達は毎年心配して、お召し預かった娘は村のために、この様な悲しい別れをするのだという----。
若い武士はこの話を聞くと、目を輝かして、
「わしがこの娘を送ってあげよう。そして相手を見届けて参ろう」と云った。周囲の人々は驚き、みんなで引き止めた。
「心配するな。わしには自身がある。実は昨夜泊まった近村の農家でこの話を聞いたので、わざわざたずねてまいったのぢゃ」
というので、一同改めて武士の姿を見直すと、筋骨たくましく、凛々しい顔をしているので、
「それではお願い申し上げましょう」
武士は娘とともに、船に乗り込んだ。武士が櫂をとって小船を操り、湖水の中ほどまできた時、突然晴れていた空が掻き曇り、暗闇となり、風も強く吹き出した。武士は目を凝らして、微かに見える東の山を、キッと見つめると、中腹の森の中から、真っ黒の雲が、モクモク沸いて出る。その雲の中に、キラッと金色に光るものがあって、水面を波立たせながら木の葉も撒き散らしながら、小船めがけて押し寄せてくる。
若い武士は、少しも物怖じせずに、櫂を置き、自慢の強弓を握り、鷹の羽の矢を番えて、満月のように引き絞り、
「恐敵々々々々々々----箱根権現、石松八幡神社を始め奉り、日本六十余州の神々、われに加護あらしめ給え、悪魔退散、悪魔退散」
と心の中に念じ、狙いを定めて、いっきに矢を放った。矢は暗闇を走り、光を放す怪物に命中した。金色の玉は微塵と砕け飛び散り、
「ガラガラ、ガラガラ、ゴオ~ン、ゴオ~ン」と、耳を劈(ツンザ)く雷鳴が響き渡り、周囲には「光物」が散乱し、その中のひとつが、グーンとうなり聲を響かせて飛んできて、舟の横腹ヘガーンとあたった。
「アツアアアア----」と思った瞬間船は転覆し、武士と娘は水中に投げ出された。
周囲の黒雲は消え、波も静まり、激しい風も治まり、眩いばかりの晴れ間が広がった。
湖畔で見守っていた村人が、事態を心配していると、物の怪を退治した若者が娘を小脇に浜の方へ泳いでくる。村人は歓声を挙げながら、迎えの小船を差し向けた。武士と娘を小舟へ引きあげて.岸辺へつれてきた。
岸に引き上げて見ると、若い武士は手傷は無く、元気そのものであったが、娘は哀れ。若者や村人は必死に介抱したが、娘は二度と目を開くことは無かった。娘の父親は死骸に取り縋って悲しんだ。
「この湖水の真ん中は底が深く、周囲は水は浅く泥が深い。昔からこの海へ入った者は、一人も助かった者は居ない。娘はもともと村のために捧げた命だから、死んでも本望でござりましょう。それにしてもお武家さまはよくまあご無事でこられましたな~」
武士は、
「船が覆って、水に投げ出された時に、直ぐに娘を抱えて泳ぎだしたが、不思議な力が我らの体を、底へ底へと引き込もうとする。」そのたびに娘の体が「うき」のようになって、私の体を引きあげてくれるような気がしたが、今にして思えば、死んだ娘の魂が「うき」となって、溺れそうになった白分を導いてくれたものと考へられる。思わぬところで恩義にあづかり、感謝の外はない----」。
と娘の亡がらにむかつて手を合わせた。娘の残し置いた水色の紙に、一首の和歌がのこしてあったので、武士は村の者から受け取って読んで見ると、
「ちぎり置きし露ははかなく消ゆるとも蓮のうてなに、かほりのこさん」
と書いてあった。あはれ薄命のこの娘は、すでに前夜からこうなることを覚悟していたのだったのかと、いまさら一同の眼をしばたたかせた。
何はともあれ、物の怪を退散させて、村の難儀を除いて下さった、武士にお礼をしなければと、村人一同はお連れ申して、出来る限りのもてなしをした。村人は武士に、荒神様の祟りを恐れ、武士に、「しばらく村に留まっていただきたい」と懇願して、武士も快諾して村に留まることにした。これを機会に村の悪習「人身御供」は無くなったという。村人は感謝の念をこめて武士を尊敬しながら暮らした。
あるとき武士は村人に「これまで犠牲になった娘たちの霊を慰めるために、湖水の浅瀬に「蓮の花」をたくさん植えることを提案した。
村人は「今まで気がつかなかった。村のために犠牲になった娘たちのために、おっしゃる通り、蓮を植えて霊を慰めよう。」と総出で植えつけた。
やがて時が過ぎ、蓮の花は湖水の水面を覆い尽くすようになった。その花の美しさは、多くの娘たちの笑顔のようで咲き誇っていた。また蓮の花の香ばしい香りは近辺の村々へも漂い、多くの人が訪れるようになった。
年が遷(ウツ)り、星がかわり、当時の様子は幻のような記憶になっていったが、村の子供は、振り分け髪の「うない」遊びに、前記の「ぞうり唄」を面白い節をつけて、面白おかしく、うち興じながら唄い遊んでいるのである。
こうした童謡・民話・伝説・昔話には地域の隠された地域の人々の想いが託されている場合も多く見られる。この伝承や唄にも、地域を取り囲む郷土の山々に対する村人の畏敬の念と、鉱山などの秘めた産物をひた隠すために、こうした類の話を創作して、村人を近づけないこともあったと考えられる。
黒雲の中の金色の光
明見村東方の山麓の集落、向原からこの山に登っていくと、細かい水晶が露出している洞窟がある。ここの水晶は、あまりにも細かく、何の役にも立たず、村人は重要視していないが、水晶のある付近には必ず「金鉱」があるという人もいる。
この「東の山」というのは、富士北麓の小沼駅から入る。近頃学生や登山家が登る御正体山の中腹、入山右側の深林地帯である。若き武士が明見湖畔を訪れた建久二年は、曽我兄弟の討ち入りの二年前の話である。
この明見湖の言い伝えのお話は
もう少し続きます。