新月 不二ミナシロの宴 0515の
河童の甕KAPPA'S POT
むかし、栖足寺の裏を流れる河津川の淵に、河童がすんでいました。お寺の裏に位置するここは、大きく蛇行し深い淵をつくる裏門と呼ばれていました。
河童は水あびをしている子どもの足を引っぱるなど、いろいろないたずらをして村人をこまらせていました。そのうち、河童が子どもの尻子玉をぬくとか、生き肝を食らうなどと大げさにつたえられ、村人たちは河童をこわがるようになり、あげくのはてにはにくむようになりました。
ある夏の夕方、村人たちは寺の普請の手伝いをしたあと、裏の川で馬や道具を洗っていました。そのとき一頭の馬が急にいななき、うしろあしを高くけり上げました。そばにいた村人がおどろいて見ると、馬のしっぽになにか黒いものがしがみついていました。よく見ると、それはうわさに聞いていた河童でした。
「河童だ、河童がいるぞ」
だれかがさけぶと、近くにいた村人たちが集まってきました。河童も捕まってしまったら大変と大慌てで逃げ出し、裏門を抜けお寺の井戸にとびこみました。すると、村人たちはてんでに河童に石を投げつけました。河童はバラバラと落ちてくる石にがまんができず、井戸の中からはい出してきました。村人たちは河童をとりかこみ、
「こやつはひどいやつだ。ころしてしまえ」と、さけびながら、棒きれでたたき始めました。
ちょうどそこへ、栖足寺の和尚さんが帰ってきました。和尚さんは村人たちがさわいでいるのを見て、何ごとかと近づいていきました。そして、村人たちのあいだから中を見ると、河童が息もたえだえに倒れていました。それでもなお、村人たちは河童をたたいています。
和尚さんは大きな声で、
「皆の衆、やめられい」と、さけびました。
「今日は寺の普請の日じゃ。殺生は禁物じゃ。寺の縁起にかかわる。この河童はわしがあずかろう」といいました。
村人たちは、寺の縁起にかかわるのではしたかがないと、和尚さんの言葉にしたがって河童を和尚さんにあずけました。和尚さんは村人たちがいなくなると、
「これ河童、助けてやるからどこか遠くへ行きなさい」といって、河童をにがしてやりました。
その晩のこと、和尚さんは何者かが庫裏の戸をたたく音で目をさまし、縁側の雨戸をあけてみました。すると、月あかりの中に昼間の河童が立っていました。河童は、
「昼間は助けていただきありがとうございました。おかげさまで命びろいをしました。このつぼはお礼のしるしです」といって、丸い大きなつぼを縁側におきました。
「このつぼに河津川のせせらぎを封じ込めました。口に耳をあてると、水の流れる音がします。水の音が聞こえたら、わたしがどこかで生きていると思ってください。和尚さまもどうぞお元気で」といって、河童は立ち去りました。
和尚さんは、夢ごこちで聞いていましたが、われに返ると縁側に大きなつぼがあるので、たしかに河童が来たのだと思いました。
それからというもの、河津川に河童がすがたをあらわすことはなくなり、村人たちも、いつしか河童のことはわすれていきました。
けれども、和尚さんはときおりつぼの口に耳をあて、かすかな音を聞いて河童のぶじを思いました。また、河津川に出水があった際、このつぼがゴウゴウとうなりをあげ知らせ、人々が助かった事もあり。当時から寺の宝として大切に御奉りされてきました。
今でも耳をあてると、河津川のせせらぎが不思議と聞こえ、河童の無事を伺えます。人々は水の流れが心を洗うと言い、ありがたく拝聴していきます。
栖足寺裏手の清流には、馬のひづめのあとのついた石があったそうです。