『勝利のうちに帰途につくヤマトタケルであったが、最愛の妃を失って足取りは重かった。小田原から足柄山を経て、甲斐相模の国境い明神峠に至ると、目の前には山中湖の湖水が見え、相模をあとにすることになる。湖水の水は妃を奪った東 京湾の海を思い出させた。もう一度ひと目でよいから会いたいと思うと、豪勇の軍神ヤマトタケルといえども、万感胸に迫まり、目に涙があふれでくるのを止めることができなかった。
と、どうしたことであろう。明神峠にむら雲がわきあがり、雲を裂いて白龍が姿を現わした。見れば白龍にはかた時として忘れることのできない弟橘姫が乗っているではないか。姫を乗せた白龍は、まっすぐにヤマトタケルの方に向って天を駆け、頭上を通過して行った。乗っていた弟橘姫はヤマトタケルをじっとみつめながらにこやかに微笑み、手をさしのべ、身を乗り出していたが頭上を通過すると悲しげな顔をうかベ振りかえりながら手を振るのであった。私を追って下さいとも思え、これが見おさめです永の別れですと告げるようにも見える姫の姿を見ると、もう一度あいたい、ほんのちょっとでいいからもう一度手を触れたいという思いに馳られて、ヤマトタケルは白龍を、いや、弟橘姫を追っていたのであった。
だが白龍は、追うヤマトタケルをぐんぐんと離し、山中湖に至ると急に空をかけくだって大きな水しぶきをあげて湖水に入り、真一文字に湖水を分けて山中明神に向かって泳いでいたが、次第に小さくなりやがて視界から消えた。 ヤマトタケルは落胆したが、ともかくひと目あえたことで気をとり直し、追って来た弟橘姫をこれ以上苦しめてはいけない、富士のふもとのこの静かな湖が安らぎの地となるようにと、社を建てて妃を祀り、山中明神と名付けた。
以後、山中明神の祭礼では、みたま移しの時刻には必ず明神峠から雲がわき、白龍が湖水を渡るといって、しばらくの間湖水が二つに分かれると言い伝えられている。』