昨日の話の続きになります。
『古代雨乞いの呪詛』とは
たいそうなタイトルをつけてしまったなあ、と
少々反省。
わたしたちの暮らしはすっかり便利になって
水道をひねればお水が出てくる。
龍神さまに『雨乞い』をしなくなって
おそらくずいぶん経過するのでしょう。
だけれども
昭和40年の西湖の災害以前には
村人たちは、常に『雨乞い』の儀式を行っていた話、
それに都会から来たわたしが驚いた話は
前回しました。
富士山は火の神であり
周辺は、フジの流した溶岩流に覆われて
古代から、水を求めて
周辺に暮らす人々は苦労したようです。
溶岩台地に雨水は染み込んでしまい
池も川もない…
そんな土地に住んでいた人々の暮らしを支えるのは
『雨水』しかなかったのです。
それを想わないと
『雨乞い』の祈りや、呪詛を思いやれない。
何が何でも
雨か降って欲しい…
雨乞いの儀式を思う時
古代の人々の切ない思いを感じます。
さてさて
話はぐっと以前にもどります。
富士山に移住して
15年になりますが
10年間は
そちらに行ったことがなかったのです。
『氷池白大龍王』という名がついた
富士山の二合目にある噴火口。
行ってみたい、でも
ルートもはっきりしないみたいだし
無理だろうなあ…。
漠然と、思っていたのですが
2012年
ある方の依頼で
なんとしてでも
行かなくてはならない羽目になりました。
富士山の『白大龍王』って
こんなイメージ?
その時の記事は
あとから、あえて
画像を消去してしまってます。
わたしはNさんから
たくさんの重要なことを教わりました。
わたしが石碑のある溶岩の上に登ろうとしたら
『そこは登っちゃアカン!』
と、怒られた。
そうなんだ…
結局、今でもあまり変わらないのだけど
わたしってヤツは
言われなければわからない何かがあるのですね。
言ってくださる方
ほんとうにありがとうごさいます。
これからも
お願いいたします。
で
Nさんが当時
公開しても良い、とした
メールを特別に紹介いたします。
『聖地氷ヶ池のことですが、色々聞きわかったことは
昭和30年代からも地震もあり、岩もくずれて落ちています。
祠も崩れてなくなっています。昔の風景と変わっているとのことです。
私も昔の状況写真と現在とを岩の形等で確認しました。
OKな写真と文章メールします。恐れ多いところもありますので
少なくなります。そのお役目を持った方が世に伝える事柄があり
ますので。
「国と国とを結び、善悪を正し、その尾に宝玉を抱かえ
日本の龍王中の龍王よ。
富士白大龍王よ。老いるのには早すぎる。
旗本に富士五湖や箱根の龍神たちを従え、
僚将に厳島、琵琶湖の竹生島、江の島の三大龍神を
擁し日ノ本の龍神中の龍王よ。
今こそ世界に、
その雄をふるわねばならぬときがきたのだ・・・・・・
世界の国々まで・・・・・・南・北極のすみずみまでも。
いぶりはためかせて・・・・・・。」と伝え聞かせて
頂いています。』
このあと
『西湖の龍宮洞穴に行きたい』というNさんを
そちらにお連れする上空に
こんな雲が待ち構えていました!
ウケイ⁉
Nさん叫びました。
わたしは今でも
ここは、白龍さまが、お迎えくださったのだなあ、と
思っております。
で、
さらに続くのは…
次の記事…。
なんと、
この富士山の
白大龍王氷池の存在も
雨乞いの神であったこと。