わたしは決めた。
決めてとなったのは
お隣さんのこんな言葉。
『テラスに毎日入ってくるのよ。
ほら、犬がいるでしょ?
刺されないかと心配で』
人間は、まだ良い。
対処の仕方を知っているから。
野生動物も、スズメバチには手を出さないだろう。
でも、人に飼われている犬や猫たちは
わからずに、刺されてしまうかもしれない。
その不安は、痛いほどわかる。
ああ
わたしは思いやりが無かったなあ。
山の中の一軒家に住んでいるわけではないのだ。
小さいお子さんや、飼い犬、猫など
大切な存在と暮らしている人たちの日々の不安を
わたしは思いやれなかったのだなあ。
両隣とお向かいさんのために買った
ハチジェットと蚊取り線香を
まず、蜂の巣を指摘してくれたお隣さんさんに、受け取り拒否をされて
わたしは落ち込んだ。
その話をすると
彼は、
そりゃあそうだよ。
あくまでも
蜂の巣を撤去して欲しいんだから。
と
他人事のように言った。
一晩寝て
朝、起きた時
すでに心は決まっていた。
蜂の巣を撤去しよう。
だから、今朝は
カーテンを開いて
蜂に挨拶をするのをやめた。
もう二度と
見ないことに決めた。
今日は久しぶりに
本当に久しぶりに
樹海でのガイドツアーを行った。
火傷をおってからは
初めてのツアーだ。
千葉の子供たちが対象で
いつものように、スズメバチの話をしなくては、と思った。
でも、どのように話をしよう。
ツアー中に、自分の家の蜂の巣の話をすることはなかったし、それは今日も話すつもりもない。
進化した生き物は
社会性のある暮らしを営む。
昆虫界では、蜂
鳥類では、カラス
哺乳類では、狼や
われわれ、ホモサピエンスなどなど。
それが、最高に進化した生き物の暮らし。
その社会を脅かすものを、敵と見なす。
攻撃するための武器も備わっている。
毒針や
クチバシや
鋭い牙など
そして、われわれは
様々な道具としての武器を作り出した。
わたしたちは、それぞれ
最高に進化した生き物として
共に手を携えることは出来ないのだろうか?
害虫
害鳥
害獣
として
駆除に駆除を重ねた結果
わたしたち、ホモサピエンスは
この惑星の調和を
取り返しのつかないくらいに
破壊してしまったのではないか?
そんな話を子供たちに、あえてするのは
子供たちが、この惑星の未来を作るのだと、信じているからなのだけど。
ツアーが終わり
帰る道すがら
山中湖のHさんに電話した。
スズメバチの駆除の依頼の電話。
おう!今から行くよ〜!
え?
今?今⁇
まだ、家についていないし
心の準備が出来ていない。
(実をいうと、一日でも先に伸ばしたかった。)
しかし、明日は台風だし
明後日は都合が悪く
一日でも早い方かいいでしょ〜、
と言う。
わかった。
じゃあ
16時に来てください。
これで
千匹の蜂たちの運命は決まった。
お隣さんに、
ことの進展を話し
窓を閉めてもらい
わたしも窓を閉めて
その時を待った。
始まった。
わたしは一番遠い
二階の部屋で、祈っていた。
さよなら
千匹の蜂たち。
あなたたちは強かった。
強く、賢かった、
今度は、もっと森の奥
人の手が入らない
森の奥深くで
生まれて来てください。
すべてが終わり
Hさんは
バケツに入れた壊れた巣を見せてくれた。
わたしが毎日
どのように作るのか
つぶさに見せてもらっていたそれを。
貝殻のような部分は空気室の役割で
その中には、
ハニカム構造という
六角形の産室が美しく並ぶ。
その、貝殻のような外側の部分を
これ、ちょうだいね、
と
記念にいただいた、
玄関に飾ることにした。
ライオンの壁掛け。
そこに飾る。
レクイエム。
もう一度言おう。
『さよなら
千匹の蜂たち。
あなたたちは強かった。
強く、賢かった、
今度は、もっと森の奥
人の手が入らない
森の奥深くで
生まれて来てください。』